1986年2月A日 ヒースロー空港1日目の4

7人の内の二人は黒人、三人は白人、一人はインド人っぽく、もう一人は判別不能だ。白人の男の一人がオレの横に寄ってきて、話しかけてきた。
「タバコ持ってるかい?」
「ああ。」
ポケットから一本抜き出して、火をつけてやる。
「不運だな、お互い。どこからきたんだ?」
「日本だ。あんたは?」
「カナダ。」
「ここの人たちは、みんな入国審査でひっかかったのかな?」
男はうまそうに大きく煙をはいた。
「ああ、ヒドイめにあったもんだぜ。やつら、あんたになんて言ったんだい?」
「お前の持ち金じゃ、3ヶ月イギリスでは住めないって・・・。あんたは?」
「同じようなことさ。オレはイタリアから飛んで来たんだけど、イギリスへはカナダへ帰る切符を買いに来ただけなんだ。持ち金は350ドルぐらいあって、1週間を申請したんだけど、やつらはオレを入国させてしまえば、この国で仕事に就くとでも思ったんだろう。オレをこんなところへ閉じ込めてしまいやがって。」
「いったいどうなるんだい、あんた?」
「やつらが言うには、やつら移民局がオレの切符をどっかのエアラインアから買って、オレはそれに乗らなければならない。そしてオレは帰国後、イギリス政府にその弁償をしなければならないってことだよ。」
「350ドルでカナダまでの切符が買えるのかな?」
「ロンドン-ニューヨークなら安いやつで、100ドルからあるよ。ニューヨークまでたどり着けばあとはどうにでもなるさ。」
「・・・それほどやつらはあんたが仕事に就くことを恐れているのかな?」
「そうみたいだな。オレ自身はそのつもりはまったくなかったんだけど・・・、やつらはそんなのおかまいなしさ。」
このカナダ人はもうハラをくくっている様子。あきらめ切った表情だ。
仕事に就くのを恐れているか・・・。実際、オーストラリアで20ヶ月仕事をしたと言った時、あの女性審査官は確かに目をビカッと光らせた。イギリスでも失業率が高いという話は聞いたことがある。しかし、それだけでこんな仕打ちをするとは考えにくい。もう何回も入国審査をくぐり抜けてきたが、明らかにこれは異常だ。
黒人の若い男と黒人の若い女がなにやら話している。女の方はおとなしい口調だが、男はボルテージが上がっている。男はナイジェリアから来たとかで、来た時と同じ飛行機で帰ることになるとか、大声でボヤキまくっていた。